東西の聖なる日々の狭間にて
 



     2


え?と。
何で?と思った。
大事なお仕事中だったし、緊張しなけりゃならない場面だったけど、
それでもこんな不整合はないという混乱もあって、
気が付けば足がそちらへと踏み出されており。
数歩ほど歩み出してたところで、耳元から小さなささやきが聞こえて、

 【 敦くん?】
 「…あ、すすすすみませんっ。」

しまったと本来の手筈のために、振り向きかかったその先手という、
本当に絶妙な間合いでの声が続けたのが、

 【 いいよ、そのまま追って。】
 「え、でも。」
 【キミが感じた違和感とはちょっと違うが、私も意外だと思ったからね。
  どういう料簡か、もしかして邪魔したい立場だってのか、何なら訊いておくれ。】

微妙に雑音がない通信だったので、
独立した電波帯を使っての、他へは聞かせぬ会話とした太宰だったようで。

 「判りました。」

恐らくは太宰の独断だろうが、好きにしていいよとのお墨付きをもらったようなもの。
よしっと気持ちを立て直し、谷崎から離れての逆方向へたったかと歩みを運ぶ。
地毛ながらも人目に付きそうな白銀の髪が目立たぬように、
漆黒のかつらを装着し、
チェック柄のダッフルコートにツィードのミニスカートと厚手のタイツ。
靴もバックスキンの可愛らしいブーティーという、
ちょっと見には女子高生で通りそうないでたちの敦であり。
フェイクファーのセカンドバッグを小脇に抱えたまま、
たかたかと誰かとの待ち合わせ場所へ急いでいるかのような足取りで進んだものの、

 “あ。”

相手の背中がちょっと遠い曲がり角を折れてゆく。
こちらがついつい急ぎ足になったのも、相手がさりげなく歩幅を広げての速足になってたためで。
だが、そうと気づかなかったほどにさりげなかった時点で、
これが国木田さんや谷崎さんなら何かしら感じ取っていたかも知れない。
太宰さんだったなら、別のルートを素早く弾き出しての回り込む策に切り替えたかも。
敦とて、尾行術は結構経験も積んでいたれども、
今日ばっかりはやや焦っていたせいか、
素人か初心者のようにあっさりと相手の思惑につられてしまい、

 「…よお。久し振りだなぁ、敦。」
 「……っ。」

ひゃあっと身がすくんだがもう遅い。
曲がり角は やや細い道に連なっており、
その先でまたもや別な道へと折れてく外套をムキになって追ったところ、
完全に路地裏風の道の真ん中で ふふんと余裕の笑みもて立ってた存在に逆に迎えられており。
どう見たって追って来ましたという勢いで鉢合わせてしまった恰好の敦としては、
あわわと焦っての慌てたが もう遅い。
虎の脚になって逃げても良かったが、どっちにしたって正体を現されたには違いなく、

 「こうまでして尾けてたってこたぁ、
  さっき何を受け渡ししたのかも判ってたってこったよなぁ。」
 「ううう…。」

他の存在が相手なら、
最悪 殴り倒して人事不省にという策もなきにしもあらずだったが、(おいおい)
そもそも、この人だからついつい追ってしまったという順番。
逆に相手の黒い革手套に包まれた手がこちらへと伸び、

 「…っ。」

ひゃっと首をすくめれば、
害する気はなかったか くつくつと笑いながら頬をさりさり撫でてくれて。
切れ長の綺麗な双眸をやんわり細め、
しょうがないなぁという苦笑のまま、低められた甘い声が紡ぐのは、

 「まあ、怪しまれてもしょうがないか。
  この取引、まさかポートマフィアも噛んでいるのかとか思ったんだろう?」

裏社会における怪しい取引の気配があったとして、
だが 扱うものが怪しい薬や人身の場合はまず出て来ないのが
このヨコハマで裏社会を束ねていると言っても過言じゃあない大勢力を誇るポートマフィア。
破格の金が動くだろう、正しく旨味たっぷりな代物と思われがちだが、
管理が面倒なうえに、警察や公安に目をつけられやすく、
要領がいい(つもりの)黒いネズミが勝手な商売にとブツを掠め取ったりする危険もアリの、
何とも厄介な代物でもある。
こちらには一切覚えがないのに “あんたんトコのだろうっ”と
不良品を掴まされたお怒りもて怒鳴り込まれちゃあ迷惑だという、
偽ブランド品の粗悪ぱちもん問題の理屈に似ているかもしれぬ。

 「こらこら、もーりんさん。」

あ、ごめーん。

 「だってのに、取引のための前準備。符丁を渡す役目にと…。」
 「そうですよっ。何で、中也さんが出て来てんですよっ。」

恐らくは危険ドラッグの取り引きらしいという目星ありきの依頼だった。
なので、ポートマフィアという要素はすっぽり除外されていたのに、
何でどうして、大好きな姐様が出て来たのだと、
そういう意味合いでもすっかりと混乱してしまった敦ちゃんであり。
宝石みたいな色合いの、そりゃあ大きな双眸に
ウルウルとあふれんばかりの水の膜を張って、
何でどうしてと いつもの指抜き手套をした手で取りすがる愛し子へ、

 「なに。あんまり度の過ぎたおイタをするようなら 勘弁ならんぞっていうお灸を、
  どっからでも割り込んで据えてやろうという布石みたいなもんだったんだがな。」

邪魔してやらんという罠というか仕掛けみたいなものだと、
先頭切って悪さするわけじゃねぇよと言いたいか、
そんな言いようをした、赤毛の姐様だったものの、

 「中也さんみたいな上の人がですか?」

そこはそれこそ蓄積もあってか、それとも単に中也の格を知っておればのことか、
簡単には誤魔化されてくれない虎のお嬢さんなようで。
即妙に言い返され、うっと言葉に詰まったものの、

 「芥川みたいに面が割れてる奴じゃア出来ない、
  しかもそれなり機転も要るとなれば、
  それでなくとも忙しいこの時期に役職とかどうとか言ってられねくてな。」

しょうがない運びなんだと、麗しき美貌を甘くほころばせて囁けば、
ふわわわっと白い顔容を薄い緋色に染めてのほころばせ、愛しの少女が舞い上がる。

 「そうなんですか、さすがですね、でも大変ですね。」
 「まぁな。」

嘘は言ってないんだしと、
今度はやや憂いもて睫毛を伏せて見せ、
自分からも身を寄せて、可愛らしいいでたちの妹分の痩躯を懐へと引き寄せて、

 「そっちこそ、危ない橋渡ってんじゃねぇよ。
  破れかぶれんなったら後先考えねぇんだ、素人ほど危ねぇぞ。」
 「…素人。」

ちょっぴり眉を震わせて、あ、言い過ぎたかなと思いつつ、
それでもこの子のためならばと、
薄い背へ手を回し、ぎゅうぅっと胸元へ抱き込めての耳元へ、

 「ああそうさ。
  押し出しこそ偉そうだし、○○組の傘下なんて言ってるが、
  陣営のほとんどは どっかのチーマーに毛が生えたよな連中で、
  数だけが頼りみたいな大したことはない輩だよ。」

だからこそ、破綻したなら予想だにしない行動をとるやも知れぬ。
莫迦ほど怖いもんはねぇんだと、
他でもないこの子の身を案じてのこと、そこだけは誤魔化しのない想いを告げるマフィアの姐様で。
きゅうと抱き込まれた虎姫も、すっかりと雰囲気に呑まれたか、
間近になった大好きな人の温みと甘やかな香りに目を細める。

 “…いい匂いだなぁ。”

本人の匂いと馴染んで柔らかに温められた、花蜜と果実を配合したよないい匂い。
ちょっとだけ間が空いて逢えなかった寂しさをも温めてくれるよで、
ドキドキとうっとりが混ざって何とも言えない心地よさであり。
そんな愛し子の様子を眺めつつ、
手際よくかつらを取り去ると、横鬢や前髪を押さえてあったヘアピンも外してやって
さらさらした白銀の髪を撫でてやり、

 「クリスマス、一緒出来なくて済まなかったな。」
 「お忙しかったんですもの、しょうがないですよぉ。」

  あ、でも、リボンタイとカフス、ありがとうございましたvv
  こっちこそ、ピンブローチ、ありがとな。

誰も覗かぬ寂れた路地裏だとはいえ、
美人さん二人がそれは睦まじくも身を寄せ合っての、
一体 何をやってるものか。
まま、一般の方々は仕事納めとなろう頃合いも関係ない身だ、
このくらいの隙間、堪能させておくれということか。
今だけちょっとだけと、
互いの温もり忘れないよう、切なげにい抱き合ってる二人である。


  ……って、実は“女護ヶ島サイド”のお話でした。
  後出しになっちゃってすいません。

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